株式会社市原の本社を訪れると、ガラス扉の向こうにずらりと並ぶ傘が見えました。中では、テーブルを挟んだ部屋の奥で傘づくりの真っ最中。笑って出迎えてくださったのは、同社で営業企画を担当されている大内慶子さんです。壁に何段にも連なっている傘を横目に、海外展開についてお話を伺いました。
「弊社は職人のほかに企画から営業までを一環して担当するスタッフが別に存在しているんですが、それでも難しいと感じました」
出だしから核心を突くような言葉です。
株式会社市原は、紳士服飾関連の製造、企画、販売会社として1946年に創業し、1960年代後半から本格的にメンズファッション傘の生産を始めます。ネクタイを想起させる柄の生地や、閉じるとすらりと細くステッキのようにも見えるタイプなど、ファッショナブルでスーツとの相性がいい傘が多くラインナップされています。1本ずつすべて手作業で作られ、実用性ばかりか芸術性の高い伝統工芸品として認知されています。
これらの傘を主に手掛けるのは、「東京洋傘」の伝統工芸士です。現在、東京都に認定されている6人のうち2人が同社に在籍しており、大内さんは「職人」と呼びます。また、伝統工芸士の1人は同社の代表でもあります。
傘だけでなくパーツの見本もずらりと並ぶ、株式会社市原の工房内
同社は、製品をデパートに卸したり国内のOEMを受注したりしているほか、時代の変化とともにネット販売などにも着手しています。海外展開を視野に入れたのはいつ頃だったのでしょうか。
「伝統工芸品を国内だけで広げていくには限界があると感じ、海外に向けて発信したいという希望が会社全体にありました。そこで、コロナ禍になる直前、海外のバイヤーが来るという日本国内の展示会に出展したんです。通訳も1人、お願いしていました」
しかし、大内さんの表情は曇り気味です。
「確かに結構な反応がありました。ただ、展示会後のやりとりが自分たちではできなかったんです。特に英語が第1言語ではないバイヤーの場合、ニュアンスなどが伝わりづらいうえに、条件や契約関連など専門的な言葉の知識も必要になります。簡単な日常会話レベルでは超えられない壁がお互いにできてしまうんです。会期後に届いた連絡に、うまく対応できなかった経験があります」
会期中の商談についても課題が残ったと言います。
「たとえば『これ100本用意できる?』と聞かれたとします。大きな会社であれば在庫がシステム管理されていると思うのですが、弊社のような職人がベースの会社は在庫の把握が意外と難しいんです」
傘はとてもパーツが多いアイテムです。商品一つひとつを顧客の要望に合わせて細かくカスタマイズできるという利点がある反面、部材などのシステム管理は難しいようです。
「すると質問に対して『一旦、持ち帰って確認します』という返事になってしまいます。結局その商談は成立せず、社内で『もったいなかったね』という話をしました。ただ周りを見ると、伝統工芸品を扱っている事業者の皆さん、同じような状況にいたみたいです」
そこで冒頭の話につながりました。
「弊社は職人とは別に企画から営業までを一環して担当するスタッフがいて対応しているんですが、それでも難しいと感じました」
その後、東京都中小企業振興公社から、プロジェクト「東京手仕事」への参加を促されます。
傘の細かなパーツも一つひとつ丁寧に作り上げていく職人仕事
このプロジェクトは、東京都と同公社が、東京の伝統工芸品の国内外への普及推進を目的に企画しているもの。伝統工芸品を扱う複数の事業者が参加し、「東京手仕事」としてさまざまなイベントや展示会に出展しています。ひとつのブランドのようなイメージです。
「『東京手仕事』の要項に『海外の展示会出展』が含まれていたので参加を決めました。それが2023年、去年です。海外出展は2回あり、1回はBtoCのジャパンエキスポパリ、もう1回はBtoBのメゾン・エ・オブジェです。弊社は2回とも出展しました」
ジャパンエキスポパリの詳しい記事はこちら
▶ Japan Expo Paris 2023「WABI SABI パビリオン」開催レポート
メゾン・エ・オブジェの詳しい記事はこちら
▶ Maison et Objet 2023 インテリア&デザインの殿堂に出展
この「東京手仕事」の海外展示会における総合的なプロデュースや事業者の全面的なサポートなどを、弊法人が担っています。
両会を通じて得た感触を教えてください。
「BtoBの前にBtoCに出してみることで市場の動向が知れてよかったです。お客さまの感じや好み、フランスの状況などが見えた状態でメゾン・エ・オブジェに参加できました。
ジャパンエキスポは参加していた作家と仲良くなれたこともよかったです。今も連絡を取り合っていて、単独では叶わないアイデアやコラボが生まれたりとか、イベントも一緒にできるかもしれないとか、今後に結び付いています」
生地を重ねることなく1枚ずつ丁寧に裁断。わずかな角度の違いで傘の形が変わる
コロナ禍前に孤軍奮闘した展示会出展と、どういった部分が違ったのでしょうか。
「通訳さんだけでなく、ジャパンプロモーションのスタッフも『次はこういうアプローチをしたほうがいいのでは』などとアドバイスをくれますし、情報も逐次、共有してもらえます。バイヤーは期間中に何日も来て何社も周っているので、話した後にメールなどでアプローチしなければいけないんですけど、私たちは朝から晩まで会場にいてまた別のバイヤーとも話しているので、なかなかパソコンを触れません。そこにスタッフさんが『こういうお話でしたね』『もう一度カタログを送っておきましょう』などとフォローをしつつ、都度メールを送ってくれるので助かります。そのカタログそのものも作ってもらえますし。それに必ず商談シートを作成してくれるんです。最終的に全商談がリストになって出てきます。
単身で海外の展示会に出る場合の助成金もあるんですが、個人ブースとしての出展なんです。すると自分でブースを作って、通訳をお願いして、お客さんとも話して、計算もして……となるとハードルが高い。助成金があるからと言って、出展できることにはつながらないんです」
実際に受注した製品は何でしょうか。
「一番大きいのは、ロシアの企業のOEMとして受けた傘300本です。バイヤーは会期中、毎日少しずついろいろな質問をしてきました。職人仕事のため大量生産できないとか時間がかかることなどを説明して、私は会社とLINEでやりとりしながら、これらをジャパンプロモーションや通訳さんにも共有して、最終日に責任者が来て話がまとまりました。あちらは会社の数人が会場をバラバラに回り、いいと思ったところに何日か通っているという感じでした。
他にもリトアニアやニューヨークのショップ、サンプルとして複数本を買っていく人も多くいました」
アドバイスやフォローという話がありましたが、日本と海外の商談の違いはあるのでしょうか。
「テンポが違うんですよね。日本のように、商談して『じゃあ次回はいつ打ち合わせ』ではなくて、その場でサインを求められることも多いです。即決までいかなくても『うちはやれますよ』という結論をある程度出していかないと、話が流れて終わってしまいます。戻ってもこないし、展示会後に連絡しても返信がないのが8割以上です。そのある程度の結論を、スタッフさんや通訳さんを介したアドバイスで都度、自分で決めていけるのは大きいです。既製品ではなくカスタマイズを要望されることが多いので、その場で対応できるどうかもポイントです。
あと、オンラインで買われる方や問い合わせも増えました。インスタグラムのQRコードをパネルで用意してくれたのがよかったと思います。フォロワーも増えました」
生地を切り出す際に使用する型も職人の手作り
では、2回参加してみて、デメリットや改善点はありましたか。
「全体の出展スペースが決まっている中で自分のスペースがどれくらいになるかというと、参加事業者の数で割ることになります。ただ参加数はぎりぎりまで分かりません。本来、傘は開いた状態の展示がマストなんですが、狭いと難しいですよね。広ければ商談もしやすくなると思いました。
あと費用感について、プラスにはならないという話をあらかじめ聞いていましたが、同じ会に参加した事業者の中には商談が決まるという前提の人もいました。参加して、次につながる動向や情報を掴んで帰ってくる感覚でいないと落差があるかもしれません」
それでも相対的に、参加してよかったと話す大内さん。
「売れるだろうと考えていたのは、日本にいてインバウンドの人が買っていくものや、海外の人はこういうのが好きだよねと勝手に決めつけていた物でしたが、出展を通して分かったのは傾向が全然違うということでした。インバウンドやBtoCは日本文化が好きな人たちが集まっているから当然ですよね。BtoBは、会場はパリでも商談が決まったのは別の国の企業。大きな展示会に参加するということは、バイヤーも出展者も世界中から集まっています。あの規模の中で声をかけてもらうのはすごく難しいことだから、サポートがある展示会に参加するのはプラスだと思います」
ミシンの音と、裁断した生地が擦れる音。職人たちの隣で、大内さんは会社の未来を見出していました。
このお話を伺った数カ月後、パリで開催された2024年のメゾン・エ・オブジェにも参加した株式会社市原。その結果、昨年同様に大型案件を獲得し、現在も取り引きのメールが飛び交っています。
出展のたびに、それまでの経験を確実に次につなげている同社から、今後も目が離せません。
ジャパンプロモーションでは、海外進出の一翼を担っています。ご興味をお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。
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